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26
2016  19:23:02

元ネットワークエンジニアの京都検定3級の公開テーマ「京のおみやげ」を検証してみるテスト(ぇ

第13回京都検定イメージ画像その2murinan_garden_image01.jpg

先日の記事に記載した通り、この度京都検定2級を受検することになり、少しずつではありますが、現在学習を進めております。



京都検定

そのような中、平成26年度の第11回京都検定2級の過去問を解いた所、100点中59点で前回(第12回)より得点を下げ、軽く凹んでいる今日この頃です(ガーソorz)。

合格ライン(70点)に届かないどころか、下降の一途を辿るとは・・・。

また、同様に第11回京都検定3級の過去問を解いた所、100点中86点でこちらも前回(12回)より得点が下がってしまい、途方に暮れていたりします(だめぽorz)。

京都検定問題と解説 第11回―1級・2級・3級全263問

う~ん、自分なりにノートに纏めたり、重要用語を関連付けて理解していたつもりなんだけど、やっぱこの試験甘くないわ><。

なんせ、覚えることが異常な程あるし、前後関係をしっかりと結びつけて理解しないと、解答を導き出せませんからね><。
ほんと、知らないことが次から次へと出てきてキリがないったらありゃしないorz。

ほんと覚えることが山のようにありますね^^;
kyoto_kentei2015text01.jpg
京都の歴史・文化の奥深さマジぱねぇwww

明らかに公式テキストの読み込みが足りていないと思われ^^;。

公開テーマとなると途端に深く掘り下げられるので、かなり細部まで学習が求められますね^^;
kyoto_kentei2015text02.jpg
表面だけの学習に留まらず、しっかりと内容も把握しておく必要がありますね^^;

どうやらまだまだ修行が必要のようです^^;。

尚、今回の画像ですが、通称「植治(うえじ)」と称される七代目小川治兵衛が作庭した無麟庵(むりんあん)庭園になります。

無麟庵とその庭園が素晴らしいというのを風の噂に聞いたので、実際に現地に行ってみた次第です(ニヤw)。

見ての通り、のどかな空間を演出し、明るく開放的な芝生空間の様相を呈しているのが見て取れるかと思います。

奥に見えるのは茶室ですが、これまた見事な侘びさびを感じさせる、煎茶の世界を演出しています。

また、琵琶湖疏水から引いた小川は涼しげで、軽快な流れを奏でており、見る者の心を和ませます。

今にも小川のせせらぎが聞こえてきそうですねw。

余談ですが、無麟庵の向かいには朝粥(あさがゆ)で有名な「瓢亭(ひょうてい)」という料亭があり、著名な歌人や詩人が数多く訪れている事で話題になっています。

無麟庵に面した裏手から撮影したものです
hyoutei_image.jpg
「瓢亭」の文言と、ひょうたんのような描写が見て取れますね

かにかくに祭」で有名なかの歌人の吉井勇が「瓢亭の朝がゆすすり松に吹く風の音聞けば心すがしも」と瓢亭の朝粥のことを詠んでいますね。

是非その絶品と言われる京料理の粋を凝らした朝粥を食べてみたいものです。

庭園を奥に進むと、醍醐寺塔頭の三宝院庭園にある三段の滝を模したものと言われる滝があるのですが、これまた躍動感に満ちていて素晴らしく、見事に自然と調和した姿を醸し出していました。

三段の滝が見事な調和を見せています
sandannotaki_image.jpg
躍動感を感じさせつつも穏やかな流れを奏でています

滝が流れているにも関わらず、動のイメージを殆ど感じないのは、この庭園の持つ独特の静けさと景観との調和が成せる業だと思います。

小川治兵衛の作庭は、静けさと穏やかさを自然趣向で演出する特徴があり、その真髄とも言うべきものが、この無麟庵庭園で随所に見受けられます。

事実、この無麟庵庭園は、彼の作庭した庭園の中でも一位二位を争う傑作だと言われています。

また、日本人のみならず外国人観光客の人気も高く、世界的にも高い評価を受けている庭園とのことです。

本当に、自然との調和が見事で、素晴らしい作品だと思います。

因みに、無麟庵は第3代及び9代の内閣総理大臣を務めた山県有朋(やまがたありとも)が京都に造営した別荘で、歴史上名高い、かの「無麟庵会議」の舞台となった所です(ぉ。

尚、有朋が造った別荘である無麟庵は全部で3つあり、こちらの無麟庵はその生涯で造った3番目のものとなるそうです。

ご存知の方も多いかと思いますが、簡単に説明しますと、「無麟庵会議」とは、明治36年(1903)、無麟庵内の洋館の2階にて、当時開戦を間近に控えていたロシアとの外交方針を決めるべく話し合いがなされたものとなります。

こんなのどかな所で歴史的な決定がなされた事に今更ながら驚いています^^;。
てっきり、もっと重厚な場所で取り決められたとばかり思っていました(ぇ。

昔、歴史で習ったので、「無麟庵会議」の事は存じていましたが、このような場所で歴史的な決定がなされたとは露ほどにも思っていませんでした^^;。

この会議にて、日露戦争の開戦直前の我が国の外交方針が決定付けられることになり、後に歴史上重要な意味を持つことになったわけです。

当時、会議の舞台となった無麟庵の洋館には、元老を務めていた山県有朋その人と、立憲政友会総裁であった伊藤博文、時の内閣総理大臣の桂太郎に、外務大臣小村寿太郎と、後に歴史の立役者となったそうそうたるメンバーが一堂に会していました。

4人とも日本の政治のキャスティングボードを握る重要人物とか、オラなんだかワクワクしてきたぞ(ちょwww)。

そんな豪華すぎるメンバーがこの場に揃っていたことを考えると、ほんとまさにその時歴史は動いたですね(ダマレカスwww)。

ナニコノ物凄いメンバーたちわ(ガクブルwww)。

そんな歴史ロマンに浸っていた今日この頃でしたとさwww。

これだから史跡巡りはやめられん(シネヨwww)。

京都検定3級の公開テーマ「京のおみやげ」考察


2級を受けるのに、なぜ3級?とお思いかもしれませんが、ぢつはわたしは2級と3級との併願を考えています^^;。

なぜなら、2級のレベルは非常に高く、2級専願で挑戦するのはあまりに危険だからです><。

よって、失敗した時にせめて3級は取れるよう、3級も併せて受けようと考えた次第です(このチキン野郎がwwwww)。

なので、今回は3級の公開テーマについて、その攻略方法含め、何が出題されるのかを考察していきたいと考えております。

既にお話させて頂いた通り、京都検定は毎年各級ごとに事前に公開テーマが発表されており、そのテーマに沿った出題が必ずなされることになっています。

わたしの場合であれば、本来は2級の公開テーマである「山科・小野・醍醐」なのですが、このテーマの場合、対象となる神社・仏閣等を巡ることである程度補足情報を手に入れる事が出来ると考えています^^;。

例えば、未だ訪れたことはありませんが、今年51年ぶりの秘仏公開で話題となっている法界寺や、桜の名所として有名な毘沙門堂など幾つか訪れたい候補があったりしますw。

今の所、近いうちにこれらの寺社を拝観したいと考えています。

恐らく、このような寺社巡りをすることで、2級の公開テーマに関する試験対策になると思います^^;。
確証はないけどね(えーw)。

そんなわけで、今回は、何とも内容が掴み辛い3級の公開テーマである「京のおみやげ」について考えていきたいと思いますw。

京都検定3級対策になりそうなおみやげって?


一口におみやげと言っても、京のおみやげはその種類も品数も多く、一体何について学習すればいいのかがよくわからないと思います^^;。

事実、わたしもこのテーマについては、かなり曖昧なため、おみやげと名が付くものであれば、どれでも当て嵌まってしまうかのようなイメージに捉われています。

おみやげと言っても、工芸品もあれば、食べ物等色々ありますからね^^;。

そこで、まずは基本に忠実におみやげについて考えてみることにしました(ぇ。

つまり、迷ったら公式テキストに戻ってみるということですw。

それで、公式テキストの内容を検証してみた所、京のおみやげとして出題されそうな箇所をある程度絞り込むことができました(ぉ。

確かに、公式テキストの記載内容を鑑みると、「京野菜」や「京料理」それに「京菓子」と、京都の名物とも言えるものが数多く載っています。

その中でも特におみやげとして重宝されそうなのが、「京菓子」ではないかと思います。

なぜなら、京都の歴史を彩ってきた古来からのものであり、かつ祭祀にまつわるものが多く、今でも老舗によりその伝統と味を守り続けているからです。

時代を経ても色褪せることなく、その文化と伝統を守り続けています。

これほどの歴史と伝統を持つものは他に類を見ないと思います。

まさに、京のおみやげとして相応しいのではないかと思います。

数多くの神社・仏閣を有する京都では、祭祀が盛んに執り行われており、例年、その祭祀に因んだ菓子を出す茶店で賑わいを見せています。

よって、その中には「仏教」や「神道」、「茶道」など多くの要素が含まれており、その宗教観や歴史観を見て取ることができます。

中には、そのお祭りの期間だけ販売されるなど、特別な思いが篭っているものも見受けられます。

つまり、儀礼的な意味合いも含んでいるものだと言えます。

創意工夫の凝らされた京菓子は、その味もさることながら、その菓子に込められた思いを感じながら味わうことができます。

常に時代と共にあった京菓子は、時代を経る中で様々なものが生み出され、時の為政者に重宝されて今日に至っています。

また、既に述べた通り、祭祀と結び付きが強く、古来より様々な人の思いが詰まったものが現代へと受け継がれています。

一般的に「和菓子」と呼ばれる「京菓子」は、祭祀や政治との結び付きが強いことから、当初は一部の権力者や貴族が嗜むものでしたが、祭祀や各行事の際に食されるようになるなど、やがて広く民衆に受け入れられていくことになります。

また、ポルトガル等との南蛮貿易により影響を受けたものもあります。

外来文化を柔軟に取り入れたことで、より洗練された菓子が数多く生まれています。

よって、宗教色や政治色が強い一方、民衆にも広く受け入れられたことで、数々の銘菓と呼ばれる菓子が生まれたのだと思います。

そのような伝統があるからこそ、「京菓子」はわたしたちの心を捉えて放さないのだと思います。

したがって、京都検定3級の公開テーマ「京のおみやげ」として、この「京菓子」を深く掘り下げていきたいと思います。

勿論、他のおみやげの出題がなされる可能性もありますが、個人的にはこの「京菓子」が最も出題確率が高いと考えています。

恐らく、「京菓子」を抑えておけば、多少他の問題が出ても失点は最小限に済むと勝手に思っていたりします(ちょwww)。

まあ、他にも伝統産業によるものとか、加工品とか色々あるにはあるんだけどね(ぇ。

以下で、京のおみやげとしての「京菓子」にはどのようなものがあるのか見ていきたいと思います。

ワタスが独自に入手した公式テキストにはない情報も紹介するカモナー(ニヤw)。

京都検定3級に出題される「京菓子」の分類


京菓子は、その販売目的や慣習、地域的特性により以下の3つに分類することが出来ます。

【季節と行事の京菓子】-簡単に言うと祭祀や年中行事に関係する京菓子です

【季節を問わない京菓子】-その名の通り通年販売されている京菓子です

【社寺・街道ゆかりの京菓子】-門前菓子(寺社及び近辺で販売)や街道沿いの京菓子です

これらの京菓子とそのルーツを辿っていくことで京都の歴史が見えてきます。

なぜなら、京菓子は京都の歴史と深く結びついているからです。

京都の歴史を意識しながら、京菓子の内訳を確認していくことで、京菓子が如何に京都の生活に根付いているかが確認できるかと思います。

また、試験対策としては、京菓子を確認する際、以下の点に注目して頂ければと存じます。

・京菓子の名前と販売店舗をセットにして覚える
(例、【京菓子名】清浄歓喜団、【店舗】亀屋清永)

・門前菓子・街道の場合は、上記に加え、どの神社・仏閣・街道が関係しているかをセットにして覚える
(例、【京菓子名】やきもち、【店舗】神馬堂、【神社名】上賀茂神社)

尚、通常の出題より公開テーマの問題のレベルは高い傾向にあるため、上記に加え、時代背景や関係している人物等を軽く抑えておくと良いかも(内容を見て思い出せる程度で良い)。

参考書籍として、公式テキスト以外に下記の書籍を参考にさせて頂きましたw。
画像が豊富で見やすくオススメですよ♪。

京都おみやげ大全

お菓子の画像が豊富なので、イメージと併せて覚えると効率的かもw
kyoto_omiyage_book01.jpg
実際に、紹介されているお菓子を食べてみるのもいいかもね(ぇ

お菓子以外にも様々なものをおみやげとして紹介しているので、折を見て目を通してみるのもいいかもねw。

デザートや洋菓子など美味しそうなものが沢山紹介されています♪
kyoto_omiyage_book02.jpg
お洒落なステーショナリーなんかも紹介されていて、洗練された感じがいいですね(ぉ

京都に長年住んでいるのに、京都のおみやげについて全然知らなかったことに今更ながら気付かされた今日この頃です(だめぽorz)。

上記の書籍を参考に、公式テキストの記述に加え、銘菓として抑えておくと良さそうなものをピックアップしていきたいと思います。

是非、参考にして頂ければと思います。

以下、一つ一つ見ていきたいと思います。

京都検定3級【季節と行事の京菓子】


主に京都のお祭りや行事が関係している京菓子になります。

関係するお祭りと併せて覚えると効率的だと思いますw。
京菓子の概要は軽く読んでおけば充分だと思います。

京菓子名店舗名お祭り等寺社等京菓子の概要
法螺貝餅柏屋光貞節分聖護院門跡小麦粉を水で溶いた生地を鉄板で薄く焼き、白味噌餡と貝の吹き口に見立てた牛蒡を法螺貝に似せて巻いたものです。
法螺貝(ほらがい)には悪霊退散の意味があり、厄除けの菓子とされています。
元は、「ふのやき」という菓子に極めて似ていたとのこと。
安政の御所炎上の時に、孝明天皇が避難先の聖護院門跡(しょうごいんもんぜき)で食したことで有名。
現在は、年に一度、節分護摩供(せつぶんごまく)の共用菓子として「柏屋光貞(かしわやみつさだ)」で節分のみに販売されています。
嵐山・さ久ら餅鶴屋 寿特になし特になし「鶴屋良信」で修行した初代が創業した「鶴屋 寿(つるや ことぶき)」は、京都発祥と言われる桜餅の名店として有名です。
つぶつぶとした歯触りの道明寺粉でこし餡を包むのが京都流です。
「鶴屋 寿」の桜餅は、道明寺の本来の白色や桜葉にもこだわりがあります。
柔らかく弾力ある道明寺と塩漬けされた2枚の桜葉の香りに上品な餡が合わさった優しい味わいが、思わず顔をほころばせます。
2枚の葉をまっすぐに流した形で挟むのが特徴です。
桜の名所嵐山の名物として知られています。
流鏑馬老松流鏑馬下鴨神社菓子を通して祭祀について知って欲しいという老舗「老松(おいまつ)」の思いから生まれた菓子です。
粒餡を餅生地で包んで、下鴨神社の神事「流鏑馬(やぶさめ)」に因んだ騎士の綾傘をかたどり、社紋の葵紋をあしらったものになっています。
十二単茶寮 宝泉葵祭上賀茂・下鴨神社葵祭の斎王代の優美さを干菓子で表したものです。
パッケージも斎王代がまとう十二単のような雅やかな造りに仕立てられています。
和三盆を使った干菓子は口溶けがよく、斎王代を思わせる清々しい味わいを楽しむことができます。
祇園ちご餅三條若狭屋祇園祭八坂神社7月13日に、祇園祭の長刀鉾の稚児社参が行われており、その時供えるのが稚児餅です。
二軒茶屋「中村楼」が代々氏子として稚児餅を献じてきました。
現在、同店の茶店で7月13日から31日まで食べることができます。
三條若狭屋(さんじょうわかさや)」では、それに由来する祇園ちご餅を販売しています。
昔、八坂神社からの行列で稚児が餅を振る舞い、それが厄を除き福を招くと評判になったそうです。
その際の、ちご餅に因んだ菓子です。
白味噌を甘く炊いたものを求肥で包んで、氷餅をまぶした姿は、祇園祭ゆかりの菓子らしい様相を呈しています。
その柔らかな口あたりは癖になるほどです。
ちまき亀屋良長祇園祭八坂神社5月5日の端午の節句に食するものとして、元は中国より伝わり、悪霊を祓う意味があるそうです。
節句に食べるのも厄除けのためです。
笹の葉に米粉で作った団子を包むのが一般的と言われていますが、京都では葛練りや、羊羹を包んだものもあります。
祇園祭で売られる粽(ちまき)は食用ではなく、家の門口に吊るし厄除けにする目的で用いられています。
天保3年創業の老舗「亀屋良長(かめやよしなが)」では店先に湧く名水・醒ヶ井(一度枯れた京都三名水の一つ「醒ヶ井(さめがい)」を復活させたとも?)を使い京菓子を作っており、上品な甘さが特徴だそうです。
これは、祇園祭の際に配られ、玄関等に飾る粽に因んだものだそうです。
さっぱりとした食感で、清々しい笹の香りが、暑い夏の京都に涼を運んでくれます。
長刀ちまき京阿月祇園祭八坂神社祇園祭の前祭の山鉾巡行で先頭を務める長刀鉾に因んだ粽です。
江戸時代創業の老舗「京阿月(きょうあづき)」では、小倉と抹茶の粽が味わえます。
趣向が凝らされたパッケージも見ものです。
祇園祭に行けなかった方へのおみやげに如何ですか。
したたり亀廣永祇園祭八坂神社祇園祭の菊水鉾の献上菓子として作られてきた菓子です。
以前はその時期限定の販売だったそうですが、今は一年を通しての販売をされています。
その名の通り、したたるような瑞々しさがあり、黒砂糖のコクのある風味が口の中に広がります。
ほこ調布亀屋良長祇園祭八坂神社「亀屋良長」は亨和3年創業の老舗和菓子店です。
「ほこ調布」は祇園祭の時期だけ販売される菓子として知られています。
調布とは、布を織り整えた形のことです。
調布生地で求肥または粒餡を包んだものになっています。
八坂神社の神紋である木瓜と巴の焼印をあしらった姿が品格を漂わせます。
行者餅柏屋光貞祇園祭八坂神社祇園祭の役行者山(えんのぎょうじゃやま)にゆかりのある菓子です。
文化3年(1806)に京都で疫病が流行した際、柏屋光貞の当主が大峰山(奈良県天川村)で修行中に役行者(えんのぎょうじゃ)の霊夢を受けて作ったもので、そのお告げにより役行者山に供えます。
そのお下がりを食べた人々は疫病を免れることができたため、無病息災の菓子として喜ばれたのが始まりと言われています。
祇園祭の宵山(7月16日)のみに販売されている菓子です。
毎年苦行を終えて作られる餅は、行者の衣を表すしっとりとした生地に、山椒の効いた白味噌と求肥が包まれ深みのある味に仕上がっています。
小麦粉を使ったクレープ状の薄い焼皮に、3センチ角の白餅を置いて、その上から山椒味噌をのせて包んだものになっています。
この辺りを抑えておけば大丈夫かと思います。
但し販売店舗が判明しているもののみなので、お祭りや行事に因んだ他の菓子(はなびら餅等)は公式テキストにて補完した方が良いと思われます。

恐らく出題されるとなると、京菓子名と店舗名を併せて問われるケースが多いと思われますので、こちらでピックアップさせて頂いた次第です。

京都検定3級【季節を問わない京菓子】


通年販売されており、高い人気を誇っている京菓子になります。

こちらも基本的には、京菓子名と店舗名を中心に理解するようにすれば良いと思います。
また、古来より作られ伝統のあるものが多いので、概要にもしっかりと目を通しておかれることをオススメしますw。

京菓子名店舗お祭り等関係京菓子の概要
真盛豆金谷正廣菓舗特になし北野大茶湯香ばしく炒った黒豆を州浜粉で包んで、表面に青海苔をまぶしたものです。
真盛豆(しんせいまめ)の起源は、明応年間(1492年~1501年)に遡ります。
天台真盛宗の開祖、慈摂(じしょう)大師(真盛上人)が北野で辻説法をする際に、炒った黒豆に乾燥させた大根の葉をかけて、聴衆に振舞ったのが始まりとされています。
北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)豊臣秀吉が茶事に合う豆菓子として褒めたことが切欠で、現在に至るまで茶人に好まれています。
金谷正廣菓舗(かねやまさひろかほ)」、「竹濱義春(たけはまよしはる)」で販売されています。
竹濱義春
清浄歓喜団亀屋清永密教の祈祷遣唐使奈良時代、遣唐使によって伝えられた唐菓子(からくだもの)の一つで、団喜(だんき)と言われ、密教の祈祷の際に供えられるお菓子です。
一般に「御団(おだん)」、「聖天(しょうてん)さん」とも呼ばれています。
比叡山阿闇梨(あじゃり)から習ったという秘法によって「清め」の意味を持つ7種の香を練り込んだ生地でこし餡を包んでいます。
米粉と小麦粉の生地で餡を整え、純正のごま油で揚げたものです。
餡には、ハッカ、丁字(ちょうじ)、肉桂(にっき)など、七種の香りが混ぜられています。
お供えものとして使われていた貴重な唐菓子の千年前の姿をありのまま再現しているお菓子です。
元和3年に創業、社寺御用達の「亀屋清永(かめやきよなが)」に伝わる格調高いお菓子です。
蓮華と金袋を表す姿に気品を感じます。
洲浜植村義次葵祭上賀茂・下鴨神社大豆を煎って粉にし、飴などを混ぜて練り上げた菓子です。
きな粉よりも浅く炒った州浜粉を使うのが特徴です。
「植村義次(うえむらよしつぐ)」は、明暦3年の創業時から州浜一筋のお店です。
洲浜(すはま)とは蓬莱山や秋津島を表す平安時代の言葉と言われ、その切り口は慶事の島台(州浜台)の形に由来しています。
葵祭の御神饌(ごしんせん)として備えられてきました。
浅く炒った大豆の粉と水飴が練り上げられ、柔らかな食感と豊かな風味を味わうことができます
mugitemochi.jpg
麦代餅
中村軒農作業桂離宮粒餡入りの餅にきな粉をまぶした素朴な菓子です。
たっぷりのきな粉が香ばしさを演出しています。
昔は、麦狩りや田植えの時の間食として重宝されており、農繁期には直接田畑に届けられたそうです。
麦代餅(むぎてもち)」の名は、刈り取った麦で、菓子代を支払ったことから名付けられたそうです。
現在は、桂離宮の近くに店を構える明治16年創業の「中村軒」の名物として知られ、高い人気を誇っています。
厳選した小豆を昔ながらの竈(かまど)でじっくりと炊いた餡と、弾力ある柔らかい餅が合わさって美味です。
わすれ傘大原女家七不思議知恩院明治30年創業の老舗「大原女家(おはらめや)」の中で一際風流な趣を醸し出しているのが、看板菓子の「わすれ草」です。
知恩院の七不思議で知られる左甚五郎の忘れ傘に因んで作られています。
傘の形の最中の中に滑らかなこし餡が詰め込まれています。
楊枝を挿すとまさに傘を持つ形になります。
阿闇梨餅満月特になし比叡山安政3年創業の「満月」の阿闇梨餅(あじゃりもち)は京みやげとして絶大な人気を誇っている名菓です。
2代目により開発された菓子とのことです。
氷砂糖や卵など様々な素材を練って作られたしっとりとした餅製の生地が、丹波中納言小豆の粒餡と絡み合い見事な調和を奏でています。
比叡山で修行する阿闇梨様が被る網代傘(あじろがさ)を象った形に風格を感じます。
この辺りを抑えておけば概ね大丈夫かと思います。

他にも幾つかありますが、今回紹介したものが代表的なものとして出題されるのではないかと考えています。

京都検定3級【社寺・街道ゆかりの京菓子】


主に寺社の門前菓子、街道で売られている京菓子になります。
おみやげの京菓子としてお馴染みのものも多く、もっとも出題確率の高い所だと考えています。
また、数も多いので、しっかりとそれぞれの京菓子の特徴を抑えて覚えるようにしましょう。

京菓子名店舗お祭り等寺社等京菓子の概要
あぶり餅一和やすらい祭今宮神社今宮神社の門前菓子です。
東門参道には、向かい合せに二軒のあぶり餅の茶店があります。
北側が長保2年(1000)創業の平安時代から続く老舗「一和(一文字屋和輔)」、南側が江戸時代から続く「かざりや」となっています。
両店舗ともに昔ながらのたたずまいを残しています。
あぶり餅は、ナタで細かく割いた青竹の竹串に、長さ20センチほどの親指大にちぎった餅を刺して、きな粉を付けて備長炭の火で炙ったものです。
秘伝の溶いた白味噌のたれを付けています。
参道の辺りには思わず参拝客の足が止まってしまうほどの香ばしい匂いが漂います。
疫病退散を祈願する神事の「やすらい祭」では、あぶり餅を食べて無病息災を願います。
かざりや
やきもち神馬堂特になし上賀茂神社上賀茂神社の門前菓子です。
つきたての餅であっさりとした小豆のつぶし餡を包み、鉄板で両面をこんがり焼いたもので、売り切れになるほどの人気を誇っています。
やきもち」は俗称で、神社の神紋(しんもん)に因んだ「葵餅(あおいもち)」という名が正式名称です。
門前にある「神馬堂(じんばどう)」は、明治5年(1872)創業で、葵餅のみを作る名店として有名です。
昔、近くにアトリエがあったことから要樹平が上賀茂神社の神馬(白馬)を描いた包装紙も美しいと話題になっています。
尚、葵家やきもち総本舗は、葵の双葉に因み、葵餅と双葉餅の二種のやきもちを作っています。
唐板水田玉雲堂御霊会上御霊神社唐板(からいた)」は、貞観5年(863)に疫病が流行り、悪霊退散のための神泉苑で行われた御霊会(ごりょうえ)の際に、健康を祈る厄除けの煎餅として神前に供えられた「唐板煎餅」をルーツとしています。
また、上御霊神社(かみごりょうじんじゃ)の祭神「吉備真備(きびのまきび)」が唐から伝えた「唐菓子」に由来するとも言われています。
水田玉雲堂(みずたぎょくうんどう)」は、現在、上御霊神社の鳥居前に暖簾を掲げ、唐板一筋に商っておられ名物として人気を博しています。
唐板は、上白糖と小麦粉、卵を材料としており、それらを混ぜ合わせてこねたものを、薄く伸ばして短冊に切り、両面を鉄板で焼き上げる工程を全て手作業で行っています。
とても歯触りが良く食感も申し分ありません。
粟餅粟餅所澤屋特になし北野天満宮北野天満宮の門前茶屋、「粟餅所澤屋(あわもちどころさわや」の門前菓子です。
創業以来、粟餅のみを扱ってきた老舗です。
天和2年(1682)に店を出したと言われています。
寛永15年(1638)刊の俳書「毛吹草」にすでにそのことが記されています。
粟餅は、餡で餅を包んだ餡餅と、餅にきな粉をまぶしたきな粉餅の二種があります。
注文を受けてから餅をちぎって丸めてくれるので、出来立てを頂くことができます。
珍しい粟の餅は柔らかい食感で素朴な風味がします。
風情ある店内でも頂くことができ、情緒に浸りながら食することができます。
長五郎餅長五郎餅本舗北野大茶湯北野天満宮天正15年(1587)豊臣秀吉北野大茶湯で賞賛されたことを切欠に、北野名物となった門前菓子です。
長五郎餅」の名は、初代の「河内屋長五郎」の名に因み名付けられました。
こし餡を薄い餅皮で包んだ製法は、400年以上前の創業時と変わらず、その伝統を守り続けています。
毎年25日の天神さんの日や北野天満宮で行事がある際に、天満宮東門の境内茶店で販売されています。
尚、「長五郎本舗」では通年販売されています。
みたらし団子亀屋粟義御手洗祭下鴨神社下鴨神社神饌(しんせん)菓子です。
神事である「御手洗(みたらし)祭」がその由来となっています。
このお祭りは御手洗池(みたらしいけ)(清めの泉水)で、禊祓い(みそぎはらい)の「足つけの神事」をすることで無病息災を願うというものです。
竹串に刺した5つの団子は、初めの一つから少し間隔を空けて、後の4つが並んでいるのが特徴です。
これらは、下鴨神社の社叢(しゃそう)の「糺の森(ただすのもり)」の御手洗池に湧く水の泡を表していると言われています。
また、5つの団子のうち一個は頭を意味し、五体満足を祈願することで、人体のことを表しているとする説もあり、昔から神饌として供えられています。
現在、加茂みたらし茶屋の名で親しまれている「亀屋粟義(かめやあわよし)」で販売されています。
たっぷりとかけられた黒蜜が団子に絡まって深い味わいを醸し出しています。
下鴨神社を描いた掛け紙等の包装にも風情が感じられます。
鳩餅三宅八幡茶屋特になし三宅八幡宮三宅八幡宮では鳩が神の使いとされています。
境内は鳩の像や鳩のモチーフのお守りなど鳩尽くしとなっています。
その鳩を象った門前菓子です。
米粉と上用粉をこねたもので、肉桂(にっき)や抹茶の風味があります。
境内の「三宅八幡茶屋(みやけはちまんちゃや)にて販売されています。
尚、三宅八幡宮は子供の守り神としても知られ、虫封じのご利益があり、「虫八幡(むしはちまん)」とも呼ばれています。
狐煎餅総本家いなりや特になし伏見稲荷大社伏見稲荷大社の門前菓子です。
総本家いなりや」の煎餅です。
材料は、白味噌、胡麻、小麦粉、砂糖で、水で練った生地をキツネの面の型で焼いたものです。
走井餅やわた走井餅老舗特になし岩清水八幡宮岩清水八幡宮の鳥居前の表参道にある「やわた走井餅老舗(はしりいもちろうほ)」の門前菓子です。
やわらかい餅にこし餡で包んだものです。
もともと大津で江戸時代に創業した茶店で、大津逢坂の「走井」という名水の湧き水を使い、餡や餅を作ったことからこの名が付いたと言われています。
三条小鍛冶宗近の名剣の形を模して創始されました。
走井餅は大津の名物となり、歌川広重の錦絵「東海道五十三次」にもその茶店が登場したほどです。
明治時代の末には、八幡に支店を出して以来、八幡名物として人気を博しています。
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どら焼き
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笹屋伊織
弘法さんの日東寺毎月21日の「弘法さんの日」のお土産です。
クレープのような薄い生地でこし餡を包み、竹の皮に包んだ棒状になっているお菓子です。
もともと江戸末期に、東寺の修行僧のおやつとして考案されたとのこと。
明治時代に入って境内で開かれる市で売られ始めるようになりました。
一般のどら焼きは形状が銅鑼(どら)に似ていることから「どら焼き」と呼ばれていますが、こちらは熱した銅鑼の上で秘伝の皮を焼き、鉄板の代わりに銅鑼を使ったことから、どら焼きと名付けられたそうです。
懐かしさと上品な甘さが調和し、もちもちとした秘伝の皮が美味を奏でています。
現在は、享保元年の創業以来、御所と社寺、茶道家元の御用を務めてきた「笹屋伊織(ささやいおり)」の代表銘菓で、毎月20日~22日の3日間のみ販売されています。
一棹(さお)単位での販売となり、個別販売はされていないようです。
「笹屋伊織本店」で店員さんに尋ねた所、一棹での販売になりますと仰っておられました。
無知だったとは言え、一個だけ売ってくださいと言ってしまったのが我ながら恥ずかしい(笑)。
皆さんがお買い求めの際は長筒に入った一棹が販売単位になりますので、気を付けましょう^^;。
幽霊子育飴みなとや幽霊子育飴本舗六道まいり六道珍皇寺みなとや幽霊子育飴本舗(ゆうれいこそだてあめほんぽ)」で販売されている飴です。
名前の由来は、民間伝承から来ています。
昔、この近辺で夜な夜な飴を買いに来る女性がいるため、調べたところ、身重のまま死んだ人が土中で死後出産し、幽霊となって母乳の代わりに赤子になめさせる飴を買いに来ていたとのことです。
六道まいり」が行われる8月7日~10日の間、六道の辻に立つ当該店舗で、お詣りの際に購入する人が多いそうです。
麦芽糖の風味が特徴の飴です。
松風亀屋陸奥一向一揆西本願寺織田信長一向一揆制圧のため、石山本願寺(現大阪府)を攻めた際に、寺内で兵糧が欠乏し窮地に陥りました。
この時に、「亀屋陸奥(かめやむつ)」の当主が小麦粉を練って麦芽糖と白味噌をまぜて焼いた菓子を考案したことで、これを兵糧として、顕如以下門徒たちは厳しい戦火を戦い抜いたといいます。
当該菓子が「松風(まつかぜ)」と呼ばれるようになったのは、当時のことを思い出した顕如が、「わすれては波のおとかとおもうなり枕に近き庭の松風」と詠んだ歌に因んでのことだそうです。
江戸時代以来、西本願寺の御用菓子で、現在も門前に店舗を構えています。
茶の湯では、釜の湯がたぎる音を松風と呼び、故人を偲ぶ茶会などでも、よく用いられています。
山椒餅杉々堂特になし鞍馬寺鞍馬寺の門前にある「杉々堂(さんさんどう)」には、手作りの団子が並び、鞍馬名物の珍しい「山椒餅(さんしょうもち)」が人気となっています。
じっくり炊かれた粒餡を柔らかい生地で包み、山椒の香りが絶妙に甘さを抑えています。
一つ一つ丁寧に手作りされており、売切になることもあるそうです。
鎌餅大黒屋鎌餅本舗七口鞍馬街道昔、洛中と街道を結ぶ出入口のことを七口(ななくち)と呼んでいました。
その出入口の一つの鞍馬口の茶店で売られたのが「鎌餅(かまもち)」の始まりだそうです
江戸時代、評判の名物菓子だったそうです。
鎌に似た形状から「鎌餅」と命名されたそうです。
豊作を祈るために作られた菓子とのことです。
明治30年創業の「大黒屋鎌餅本舗(だいこくやかまもちほんぽ)」の代表銘菓となっています。
餅粉と砂糖を蒸らしてこねた生地は、持つとしなるほどの柔らかさを見せ、上品で風味豊かなこし餡と溶け合い、透き通るような姿も秀麗です。
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おせき餅
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おせき餅本舗
特になし鳥羽街道城南宮の側にある鳥羽街道の名物菓子です。
鳥羽街道は、都から鳥羽を経て淀へと至る道です。
鳥羽は昔から交通の要衝で、その多くの旅人の茶菓となったのが、「おせき餅」です。
江戸時代、鳥羽街道を往来する旅人にあんころもちを供していた茶店がありました。
その茶店でせきという看板娘が、編み笠の裏に餅を並べて売っていたのが評判となり、いつしか「おせき餅」と呼ばれるようになりました。
餅の上に粒餡を乗せたもので、白い餅と草餅の二種類があります。
甘すぎず、しつこすぎず、絶妙な味加減で一度食べると虜になる美味しさです^^。
是非ご堪能あれ!
現在、「おせき餅本舗」で販売されています。
城南宮を訪れる参拝者がおせき餅を買い求めることも多いそうです。
重要なものは概ね網羅していますので、上記を理解しておけば大丈夫だと思います。
門前や街道で有名な京菓子については今回紹介した分で充分だと思います。

前述した通り、こちらで取り上げた京菓子は重要なものばかりですので、しっかりと理解するようにして頂ければと思います。

以上、京都検定3級の公開テーマ「京のおみやげ」に関する考察でした。
参考になったのなら幸いです。
取り敢えず、京菓子を抑えておけば問題ないかと存じます。

それでは、京都検定を受検される方、共に受検に向けて頑張っていきましょう♪

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M O  

35歳未経験でネットワークエンジニアでやっていけるか

突然の通りすがりで不躾な質問ですが、35歳未経験でネットワークエンジニアを目指した場合、60の定年まで働けるでしょうか?持ってる資格は6大学文系卒とTOEIC800点台のみですが。職暦は恥ずかしながら非正規のもののみです。特定派遣で、よく英語力がどれくらいあればITの知識不問でという求人がありまして、迷っています。途中で辞めざるを得ないならば、初めから目指しませんし。

2016/09/02 (Fri) 07:13 | EDIT | REPLY |   

資格ゲッター  

Re: 35歳未経験でネットワークエンジニアでやっていけるか

M O さん

初めまして、資格ゲッターと申します。
ようこそお越しくださいました。
歓迎しますよん♪。

それで、35歳未経験で定年までネットワークエンジニアで働けるかというご質問ですが、本人のヤル気次第なのではないかと思います。

ただ、ヤル気と仕事が出来るかどうかは別ですけどね^^;。

わたしの例を出して恐縮ですが、わたしは30台前半までネットワークの世界とはまるで縁のない所にいました。

事実、ネットワークエンジニアとして運用業務に携わったのは。35歳を超えてからです。

さらにその後サーバの構築業務にも携わっています。

なので、やってやれないことはないと思います。

この業界にはまことしやかに「35歳定年説」が流れていますが、他でもないわたしがその慣例をぶち破ってネットワークエンジニアになりましたから、決して不可能ではないはずです。

それまでは、家電量販店上がりのちょっとPCかじったことのある程度のスキルで、コールセンターのインターネットサポートのオペレータとして働いていました。

まあ、素人同然の浅はかな知識でしたけどね^^;。

一応最低限のIT資格は持っていましたので、業務の内容は何となく理解できるレベルにはありましたけどね^^;。

さすがに、基礎がない状態でのネットワーク業務はかなり厳しいのではないかと思います^^;。

わたしの場合、運用業務に携わる時点で、ネットワーク技術者としてのスタートラインとも言うべきシスコシステムズのCCNAとLinuxサーバを扱うための最低限の技術水準であるLPICのレベル1は取得していました。

あと、IT技術の基礎スキルを証明する「初級システムアドミニストレータ」を持っていました。

今でいうITパスポートの前身ですね^^;。

今は午後試験はありませんが、この当時は午後試験まで課され、正味5時間の長丁場な試験でした^^;。

よって、わたしからのアドバイスとしましては、ネットワーク業界に携わるには、無資格でも構いませんが、技術体系が理解できるだけの基礎スキルは持ち合わせておく必要があると考えます。

実際、現場に配属されると、ネットワーク技術やその用語が当たり前のように飛び交いますので、知らないと何をどうすればいいのかがわからず、業務を覚えるのが大変かもしれません^^;。

M O さんの話しぶりから察するに、IT業界自体初めてという事を考えても、ITについて説明を受けなくても基本的なことはわかりますくらいのレベルは必要だと思います。

採用する会社にも拠ると思いますが、国家資格であるITパスポートレベルは最低必要なのではと思います。

なお、TOEICのスコアが高いのはかなり武器になると思います。

業務では、ネットワークエンジニアだと機器の設定やマニュアル、そして技術文書を読み解くことが求められることがあり、その際に英語の文書を読んで技術体系を理解しなければならないこともあります^^;。

海外製の製品や技術体系だと日本語のマニュアルなどがない場合もあります^^;。

また、海外ベンダーとやり取りを行う場合もあり、その際にも英語力は大いに重宝されると思います。

長々と語ってきましたが、要は35歳からでも、本人のヤル気と学ぶ気があればどうとでもなる世界だということです。

もとより技術体系が日進月歩で移り変わるIT業界において、学びの精神は欠かすことはできません。

常に学び続け、業務の効率化及び改善を図ることに注力できるのなら、この業界で生きていけると思います。

わたしがこの世界にいて感じたのは、受身のエンジニアでは生き残れないということです。

常に積極的に仕事を取りに行く姿勢と、結果を出し続けることで、信用を得て長きに渡り働き続けることができると思います。

技術に加えて、周りと調整できるコミュニケーション能力、この二つがあれば、この世界で生き残っていけると思います。

恐らく35歳を超えてからのネットワーク業務だと、技術に留まらず、利害関係者の調整といったマネジメントスキルを求められることになるでしょう。

誰とでも円滑に事を運べる方なら、この世界で重宝されると思います。
技術も大切ですが、それ以上にコミュニケーション能力が大事な世界でもあります。

あと、老婆心(笑)ながら、ネットワークエンジニアになりたいのなら、一度ご自身で簡単なネットワークを組み、サーバを構築して、サーバ・ネットワークの仕組みを肌で理解されることをオススメします。

その経験が実際の業務で大いに役に立つと思います。

これからの時代、仮想化によるネットワークサーバ構築やクラウドによるネットワークシステムの構築が進むと思いますので、ハードというよりもむしろソフト面での制御技術が必要になってくると思います。

既にサーバ仮想化技術化はかなりの普及を見せていますので、今度はそれに対応するネットワーク仮想化の動きが出てくると見ています。

つまり環境構築に必要なプラットフォームはすでに与えられていて、それを基にネットワークを組み立てていくという感じかなw。

技術用語でいうと「SDN(ソフトウェア定義ネットワーク)」というんだけど、これからその技術が注目されていくことになると思います。
頭の片隅にでも置いて頂ければと思います。

それでは、是非頑張ってくださいね。
陰ながら応援してますよ♪

2016/09/02 (Fri) 20:33 | EDIT | REPLY |   

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